有難う

日本にいる友達、

色々有難う、

3月に会うね^_^

February 7th, 2010 by admin | 1 Comment »

横浜。。。

写真、明日或いは明後日アップロードする。。寒い、疲れた。。

早速寝みたい!

February 6th, 2010 by admin | No Comments »

買い物

疲れた。写真も、いっぱい撮られた。。。太陽さんは、ほんっとに写真を撮られるのは好きね。

以上。。

February 5th, 2010 by admin | No Comments »

「レポート」コンビニの発展と暮らしの変化 

【チェックされた】

コンビニの歴史

コンビニは、1927年から日本で現れ、最初は日用雑貨や食料品などの品を売っていた。1975年前後、深夜営業となり、忙しい都会人の日常生活を支えるサービスを徐々に加えてきた。2006年の調査によると、日本全国の店舗の数は6700店以上である。

コンビニの現状

今の日本の社会構造は以前よりよかなり変わってきている。働く女性の活躍、初婚年齢の推移、少子化などの社会現状が、コンビニが流行する理由ではないかと思う。2008年に、日本で働いている女性は65%に達した。男性と女性の初婚年齢の推移を見ると、1950年では男性が26歳、女性が23歳であるのに対して、2008年では、男性のは30.2歳、女性は28.5歳になっている。少子化の問題も深刻化している。一人の女性が生む子供の数は1950年の4.5人から2008年の1.37人になった。ある調査によると、日本には結婚希望を持っている大学生は69.4%のみだ。一人暮らしの世代は全国的に27%、東京には40%にも達する。

まず、コンビニを利用している人の中の約半数は一人で暮らしている人である。そういった人が日常生活で不便を感じるのは食事や、日常関連の支払い(電気代など)、お金の引き出しなどだ。コンビニは日本で出店し始めた74年前後から、店舗数の増加に伴って、24時間営業となり、料金支払うサービスを加え、単身者に便利さを提供し続けている。コンビニがもしなくなったら、“一人暮らしの方が楽しい”という見方を持っている人の数も減るはずだ。

次に、結婚した人にとってもコンビニに色々な恵みを提供している。昔の家庭構成は、外で働く男性と主婦の女性だった。近年、女性の社会活躍に伴って、家庭で食事などを料理する暇が無くなっている。一方、子育てのために離職した女性は、再び職位に戻ることが困難である。したがって、子供がいても働き続ける女性が多い。この場合、コンビニはある程度に女性の責任を背負っている。

さらに、欧米の国々と違い、日本はとりわけ大都市の生活リズムが速い。残業、自営業者など、日本人にとって仕事は朝9時から夜5時までの活動に限らない。徹夜で働く自由業者、夜遅くまで働く人は、昔9時に閉店するスーパーの外で泣くばかりが、今いつでも24時間営業しているコンビニを利用できる。大局的観点から見ると、コンビニは日本の経済発展への貢献は無視できない。もともと結婚して主婦にならなければならない女性たちは、コンビニのおかげで社会に貢献できる。

コンビニは、今の社会にいる人々に、日常生活の便利さを提供している。コンビニがあるからこそ人々は日常生活の雑事を心配しなくて、自分が好きな生活を選べる。コンビニの店舗数の増加や、およびコンビニの流行は、社会の発展にしたがって必ず起こす変化だと言っても過言ではないと思う。

コンビニの問題点:

コンビニがあるから、生活は簡単になるというありがたい見方がある事に対して、人が怠け者になってしまったという意見も出てきた。忙しくて、自分の生活を料理する時間がない人がいる、逆に、怠けて、コンビニを依存して生活を過ごしている人も多い。コンビニにはいつでも行けるから、時間管理に関する意識が弱くなった。結婚したくない大学生は、その理由を聞くと“一人暮らしは楽しい”と答えた。これは、コンビニがあるが故に出した答えではないかと疑っている。コンビニは、日本人の生活を変えたかもしれない。先述べた「コンビニは様々な生活に便利さを提供する」というよさは、他の角度から見ると、「コンビニは様々な生活を生作った」とも言える。

「万悪の根源」-コンビニはある人にそう呼ばれ、コンビニは家庭構造を潰している。コンビニの存在は、疑うことなく大変な便利なことだ。日常生活で料理しなくても大丈夫だから、何時間も残業できる。日本人の働く時間は、とても長く、今「家族と一緒に食事をする」時間がだんだんなくなった。昔からの健康的な日本の食生活も失われてきた。単身者は三食をすべてコンビニで買う人も珍しくない。外食の普及とともに、色々な病気も現している。大腸ガン、若者中のビタミンC欠乏は、食事のバランスをきちんと考えない結果だという意見がある。

日本のコンビニとニュージーランドのコンビニ

日本のコンビニとニュージーランドのコンビニの一番大きい違いは、日本のコンビニでは料金から、飛行機のチケットにいたるまで買える。最初日本のコンビニの様々なサービスを知っていた時、何度も“えー”という思いをした。ニュージーランドのコンビニは、主に食品と日常用品を売っている。携帯電話の前払いカードも売るけど、その他のサービスはあまり提供しない。加えて、ニュージーランドでは24時間営業するコンビニは少ない。夜遅くに買い物をしたい場合、車を運転しなければならないこともよくある。それは “コンビニ”と呼べるか?ニュージーランド人にとってのコンビニのよさは、家から近いではなく、24時間営業ということだ。なぜなら、ニュージーランドのスーパーは夜6時ごろすべて閉店する。そのあと行けるのはコンビニしかない。誰も車が持っているから、車で行ける場所は“不便な場所”と言えない。

コンビニに対して意見

コンビニがあるから、自立できない人も一人で暮らせる。料理する時間は、仕事などに使って、社会の発展に貢献するのはいいと思う。その反面、コンビニに依存し過ぎる生活はほんとにいい生活であろうか?表面的に、コンビニのおかげで、人々の時間はもっと有効的になっている。実際に、生活の質はかえって悪くなっている。家族と一緒に過ごせる時間がなくなったら、色々な問題も出てくる。単身の人たちは、常にバランスを考えずコンビニで買う弁当を食べて、体の調子が悪くなる。しかし、これは、あくまでもコンビニのせいではないと思う。コンビニは、 “悪い習慣を甘やかしている”だけだ。日本の人々は、もっと充実した生活をするために、どう変化すべきかという問題を、真剣に考えるべきだ。

参考資料:

http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h17/01_honpen/html/hm01020204.html2010.2.3閲覧

http://ameblo.jp/tomie1/entry-10407487760.html 2010.2.3閲覧

http://research.goo.ne.jp/database/data/000588/ 2010.2.3閲覧

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%91%E5%AD%90%E5%8C%96 2010.2.3閲覧

http://www.garbagenews.net/archives/1217917.html 2010.2.3閲覧

http://gakuyu.ri2680.org/message/20041011.pdf 2010.2.3閲覧

http://kuramae-japan.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/24365-cf4a.html 2010.2.3閲覧

http://blogs.yahoo.co.jp/convini_talou/6156697.html 2010.2.3閲覧

http://cvs.positivebrain.com/cvshistory_kaisetu.html 2010.2.3閲覧

http://home.wlu.edu/~ujiek/konbini2.html 2010.2.3閲覧

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1550.html 2010.2.4閲覧

http://www2.hokurikutei.or.jp/lib/shiza/shiza05/vol15/pdf/15p03.pdf 2010.2.4閲覧

February 4th, 2010 by admin | No Comments »

「レポート」日本の外来語

「これは、ミスを修正したレポート」

このテーマを選んだ理由

このテーマを選んだ理由は、日本で4ヶ月も暮らして、多くの外来語があると思ったからです。日本語で会話をしている時、どう言っていいか分からない名詞があったら、英語で言うと分かってもらえる。それだけではなく、多くの外来語が、実際に日本語でも同じ意味の単語がある。それでは、なぜ日本人は外来語を使っているのか?その疑問を抱いて日本の外来語について調べてみた。

外来語使われる理由

外来語が使われる理由は、三種類に分かれる。客観的な必要性(翻訳)、外国に対する崇拝心理及びマスコミの影響である。

まず、明治時代以降、外来文化の伝入、最初は全部漢字で翻訳されていた。しかし、時間がかかるばかりでなく、同音の単語が増え、分かりにくくなった。そのために、直接元の発音のままカタカナに表した。近年のあるアンケートによると、日本のマスコミと雑誌に通じて伝播した外来語の比率は、10%にも達する。

次に、日本語における外来語の数があまりにも多いことの理由は、「日本人が外来の事物に対して旺盛な好奇心を持っていることの表れである。」ということである。日本の学者の中には、常に日本語と英語(フランス語)を混ぜて使って、自分の知識を見せびらかしているものもいる。この現象は、日本のドラマによくある。エリート役たちは、必ずといっていいほどフランス語とか外国語を使う。日本だけではなく、最近この現象は、韓国と中国にもよく見られる。

さらに、外国語でアピールする広告や企業も増えている。一般的な日本人の傾向というと、知らない言葉が使われている商品は、「外国からもの」という印象が強く、イメージも高尚で権威と考えている。日本の企業はこの心理を利用し、日本で製造される家電などはますます派手な外国語を使って宣伝している。“百円ショップ”は、どうしてずっと昔からもある和語の“店”を使わず、かえって英語の“ショップ”を使っているのか?ある文章を読んで、日本に住んでいる中国人の学生は、漢字あるいは和語で表せるものは、どうして最近はカタカナで表しているのかという疑問が持った。 日本人の人に聞くと「百貨店は、ちょっと古い感じがするね。。」という答えをもらった。

つまり、外来語の氾濫は、客観的な必要性だけではなく、その根源は大衆の外国崇拝思想である。“外来語を使うと、エリートになれるという思想が日本の社会を支配している”と言っても言い過ぎではない。

外来語の面白い点

外来語の使い方について面白い点を言うと、表面的に同じ意味を持っている外来語と日本語は、実際には微妙な差異があることだ。例えば、“休暇”と“バカンス”。“休暇”というと、休日だけという印象を与える。”バカンス“を使う場合、もっと内容が豊かな休日という漢字が伝える。そして、”ローン“と言う外来語は、戦前”借金“という、ネガティブな意味を人々に与えた。この現象に気づいた銀行は、借金という単語を使わず、英語の”LOAN“を使い始めた。高尚な外来語を使ってとともに、借金という行為もそのまま日本人に受け入れられた。

前から疑問に思っているとは、こんなに数多くの外来語を、日本人はほんとに全部理解できているのかな?カタカナで作られたほとんどの外来語は、英語の発音のまま日本語に使われて、一つの文の中に、平均的におよそ10%が外国からの名詞である、大都会の人たちは、多分日常生活に次第に外来語を吸収して、慣れるかもしれないけれども、他の人には迷惑をかけるだけではないか?外来語が氾濫するに伴い、外来語の意味が分からない日本人も増えてきた。9割以上の人は、スタミナの意味は“体力”と答えた。とりわけ自分が知らない分野に使っている外来語が、知らないからこそ“格好いい”という感じが生まれた。

中国語の外来語と日本の外来語の対比

現代中国語の中で、70%は日本から漢字の単語である。ある文章は“もし日本から外来語が無くなったなら、日常生活の交流もできないかねない”という主張をした。この事実を中国人が知ったら、誰も“びっくりした”ような顔をするに違いない。

中国と日本語の間に、面白い繋がりがある。例えば、“倶楽部“という単語は、実際に日本語に、英語の”CLUB”から翻訳した外来語である。今はカタカナの“クラブ”に取り替えた。そこで、日本では使わなくなった“倶楽部”がそのまま中国語に入って、“倶楽部”は、中国での日常用語になった。つまり、日本から中国に伝来した単語は、決して“経済”とか翻訳した単語だけでわなく、英語の発音を沿っている“倶楽部”も外来語になったのだ。中国で使われている“倶楽部”という単語は、元は英語の用語である。

中国の外来語も、日本の場合と似ていて、中国にない文化を表すために外来語が使われる。ただし、日本の外来語との違いは、中国で使われているほとんどの外来語が、翻訳元の意味をきちんと守っていることだ。日本の“ビタミン”は、英語では“VITAMIN”、中国語では「維他命」、その発音は英語の単語と同じ、さらにその意味は“生き続ける必要なもの”、したがって、この外来語に対して知識がない人も、見た時にこの単語の意味が推測できる。これは、新しい単語の普及のために利益があると思うが、最近、「中国の翻訳効率が低いから、これからも日本から習って、英語のまま使った方がいい」という呼びかけも出てくる。

日本語の外来語には、元の長すぎる単語を短くする現象がある。この現象は、中国語でよく見かける。長い英語“McDonald”、日本語に”マクドナルド“に対して、中国で”麦当劳(メドノ)“と呼ばれる。カタカナより、漢字の書き方が複雑過ぎる。英語の発音を守るために、一字一字漢字に置き換えると、書く人にしろ、読む人にしろ、苦しさを加えるだけかねない。したがって、中国の外来語翻訳は、発音を守るより、書き方及び読み方の便利さが重んじられる。

日本の外来語数は中国より多い。理由は欧米文化の流行かもしれない。英語知識の普及の結果は、新しい外来語が簡単に受け入れられる。海外から来た映画は、英語の名前をカタカナに翻訳して、そのまま放送の場合が多い。一方、中国の海外映画の名前は、できれば中国の名前を付ける。したがって、外国人とある映画を討論したい時、その映画の中国の名前は英語に翻訳して、“え?”という返事をもらう場合もよくある。日本語には、日本語で表せることも外来語で表す場合が多い。それに対して、中国に使う外来語は、90%以上は中国語で表せない単語だ。

日本の外来語の特徴

日本の外来語の特徴の一つは、数が多いが、翻訳の質量(意味の伝達)が低い。外来語は常に“映画”“外国流行の物事”“派手な広告標語”などマスコミを通して伝播している。外来語は、必要だから使っているより、「格好いいから使っている」という現象が見える。英語教育の普及のおかげで、ほとんどの大都市の日本人にとったら、外来語の存在はそんな大きな負担ではない。外来語の氾濫は、英語教育を重視からだとも言える。外来語を使うと、ネガティブなことがポジティブになるのは日本の外来語の二つ目の特徴と言える。先に述べた“ローン”は、“時代を変わった”外来語と言っても言い過ぎではない。

結論

昔ニュージーランドの高校に通っていた時、日本語の科目を履修していた日本人の学生がいた。この学生の基本的な日本語の試験で満点を取らなかった理由は、外来語を使い過ぎたせいだった。一方、「カタカナで表す数多いの外来語が多いせいで、日本人の英語の発音が影響されてしまった。」という見方が出てくる。外来語の氾濫は、ほんとにいいことか?徐々に多くの人が、「日本語がだんだん付しなわれていっている」と気づいた。

日本の外来語 曹菲逸

このテーマを選んだ理由

このテーマを選んだ理由は、日本で4ヶ月も暮らして、多の外来語があると思ったからです日本語で会話をしている時、どう言っていいか分からない名詞があったら、英語で言うと分かってもらえる。それだけではなく、多くの外来語、実際に日本語も同じ意味の単語がある。それではなぜ日本人は外来語使っているのか?そ疑問を抱いて日本の外来語について調べてみた。

外来語使われる理由

外来語使われる理由は、三種類に分かれる。客観的な必要性(翻訳)、外国に対する崇拝心理及びマスコミの影響である。

まず、明治時代以降、外来文化の伝入、最初全部漢字で翻訳されていた。しかし、時間がかかるばかりでなく、同音の単語が増え、分かりにくくなった。そのために、直接の発音ままカタカナに表した。近年のあるアンケートによると、日本のマスコミと雑誌に通じて伝播した外来語の比率は、10%も達する。

次に、日本語における外来語の数があまりにも多いことの理由は、「日本人が外来の事物に対して旺盛な好奇心を持っていることの表れである。」ということである。日本の学者の中には、常に日本語と英語(フランス語)を混ぜて使って、自分の知識を見せびらかしているものもいる。この現象は、日本のドラマによくある。エリート役たちは、必ずといっていいほどフランス語とか外国語を使う。日本だけではなく、最近この現象は、韓国と中国にもよく見られる

さらに、外国語アピールする広告や企業も増えている。一般的な日本人の傾向というと、知らない言葉が使われている商品は、外国からもの」という印象が強く、イメージも高尚で権威と考えている。日本の企業はこの心理を利用し、日本で製造される家電などますます派手な外国語を使って宣伝している。“百円ショップ”は、どうしてずっと昔からもある和語のを使わず、かえって英語の“ショップ”を使っているのか?ある文章を読んで、日本に住んでいる中国人の学生、漢字あるいは和語で表せるものは、どうして最近カタカナで表しているのかという疑問が持った。 日本人の人に聞くと百貨店は、ちょっと古い感じがするね。。という答えをもらった。

つまり、外来語の氾濫は、客観的な必要性だけではなく、その根源は大衆の外国崇拝思想である。“外来語を使うと、エリートになれるという思想が日本の社会を支配している”と言っても言い過ぎではない。

外来語の面白い点

外来語の使い方について面白い点を言うと、表面的に同じ意味持っている外来語と日本語は、実際に微妙な差異があることだ。例えば、“休暇”と“バカンス”。“休暇”というと、休日だけという印象与える。”バカンス“を使う場合、もっと内容が豊かな休日という漢字が伝える。そして、”ローン“と言う外来語は、戦前”借金“という、ネガティブな意味を人々に与え。この現象気づいた銀行は、借金という単語を使わず、英語の”LOAN“を使い始めた。高尚な外来語を使ってとともに、借金という行為もそのまま日本人に受け入れられた。

前から疑問に思っているとは、こんな数多くの外来語、日本人はほんとに全部理解できているのかな?カタカナで作られたほとんどの外来語は、英語の発音まま日本に使われて、一つの文の中に、平均的におよそ10%外国からの名詞である、大都会の人たちは、多分日常生活に次第に外来語を吸収して、慣れるかもしれないけれども、他の人には迷惑をかけるだけではない?外来語氾濫するに伴い、外来語の意味が分からない日本人も増えてきた。9以上の人は、スタミナの意味は“体力”と答え。とりわけ自分が知らない分野に使っている外来語が、知らないからこそ“格好いい”という感じが生まれた。

中国語の外来語と日本の外来語の対比

現代中国語の中で、70%は日本から漢字の単語である。ある文章は“もし日本から外来語が無くなったなら、日常生活の交流もできないかねない”という主張をした。この事実中国人ったら、誰も“びっくりした”ような顔をするに違いない。

中国と日本語の間に、面白い繋がりがある。例えば、倶楽部“という単語は、実際に日本語に、英語の”CLUB”から翻訳した外来語である。今はカタカナの“クラブ”に取り替えた。そこで、日本では使わなくなった“倶楽部”がそのまま中国語に入って、“倶楽部”は、中国での日常用語になった。つまり、日本から中国に伝来した単語は、決して“経済”とか翻訳した単語だけでわなく、英語の発音を沿っている“倶楽部”も外来語になったのだ。中国使われている“倶楽部”という単語は、元は英語の用語である。
 
中国の外来語も、日本の場合と似てい、中国にない文化表すために外来語が使われる。ただし、日本の外来語との違いは、中国で使われているほとんどの外来語が、翻訳の意味きちんと守っていることだ。日本の“ビタミン”は、英語では“VITAMIN”、中国語では「維他命」、その発音は英語の単語と同じ、さらにその意味は“生き続ける必要なもの”、したがって、この外来語に対して知識がない人も、見た時この単語の意味が推測できる。これは、新しい単語の普及ために利益があると思うが、最近、「中国の翻訳効率が低いから、これからも日本から習って、英語のまま使った方がいい」という呼びかけも出てくる。
 
日本語の外来語は、元の長すぎる単語を短くする現象がある。この現象は、中国語でよく見かける。長い英語“McDonald”、日本語に”マクドナルド“に対して、中国で”麦当劳(メドノ“と呼ばれる。カタカナより、漢字の書き方が複雑過ぎる。英語の発音を守るために、一字一字漢字に置き換えると、書く人にしろ、読む人にしろ、苦しさを加えるだけかねない。したがって、中国の外来語翻訳は、発音を守るより、書き方及び読み方の便利さが重んじられる。
 

日本の外来語数は中国より多い。理由は欧米文化の流行かもしれない。英語知識の普及の結果は、新しい外来語が簡単に受け入れられる。海外から来た映画は、英語の名前をカタカナに翻訳して、そのまま放送の場合が多い。一方、中国の海外映画の名前は、できれば中国の名前を付ける。したがって、外国人とある映画を討論したい時、その映画の中国の名前は英語に翻訳して、“え?”という返事をもらう場合もよくある。日本語には、日本語で表せることも外来語で表す場合が多い。それに対して、中国に使う外来語は、90%以上は中国語で表せない単語だ。

日本の外来語の特徴

日本の外来語の特徴の一つは、数が多いが、翻訳の質量(意味の伝達)が低い。外来語は常に“映画”“外国流行の物事”“派手な広告標語”などマスコミして伝播している。外来語は、必要だから使っているより、「格好いいから使っている」という現象が見える。英語教育の普及のおかげで、ほとんどの大都市の日本人にとったら、外来語の存在はそんな大きな負担ではない。外来語の氾濫は、英語教育重視からだとも言える。外来語を使うと、ネガティブなことがポジティブになるのは日本の外来語の二つ目の特徴と言える。先に述べた“ローン”は、“時代を変わった”外来語と言っても言い過ぎではない。

結論

昔ニュージーランド高校通っていた時、日本語の科目を履修していた日本人の学生がいた。この学生基本的な日本語の試験満点を取らなかった理由は、外来語を使い過ぎたせいだった。一方、「カタカナで表す数多いの外来語が多いせいで、日本人の英語発音影響されてしまった。」という見方が出てくる。外来語の氾濫は、ほんとにいいことか?徐々にくの、「日本語がだんだん付しなわれていっている」と気づいた。

参考資料

http://eigo.be/expressions/katakana.htm2010.02.02閲覧http://www1.china.com.cn/chinese/ch-yuwai/193347.htm2010.02.02閲覧

http://www.sipec-square.net/~mt-home/alumni/ando/whydenizen.html2010.02.03閲覧

February 3rd, 2010 by admin | No Comments »

大雪

February 2nd, 2010 by admin | No Comments »

雪が降っている

雪の残念
雪が降っている。周りの友達の中に、今まで雪を見たこともない人がいる。せっかく雪が降っているのに、雨も混ぜているために、しまいには“風が吹く寒い日”とまとめられる。とにかく、初めて雪が見た友達の感想は“早く寮に帰って、風呂に入りたい”て。。

試験

午後二つの試験があった。朝11時ごろ学校に行った。“図書館に行けばもっと有効的に勉強できる”という思いは、呆れるほど単純だった。結局、一生懸命に勉強している女の子たちは私にプレッシャーを加えただけだ。勉強の疲れと比べて、精神的なプレッシャーが強かった。何もしなかったくせに。。そこで、試験から出て来た時、感想は“疲れた”。試験の緊張感は、昨夜から生まれた(昨日の日記にも言い及んだ午後3時からよる8時までの雑談会の癖に。。)

晩御飯
晩御飯は、大阪王将という店で食べた。その店に3回も行った。ラーメンはそんな美味しくない、毎度もラーメンを食べた。私は、他のものを試す勇気がない。

February 1st, 2010 by admin | No Comments »

優しい日本人

もう一度志穂さんに誘われて、彼女の家に行った。最初の予定は、明日の試験の内容を持って、志穂さんの家に勉強すること。結局、志穂さんと話して(両方も話すことが好き)、午後三時から夜8時までも話した。最後”あー、もう9時かな、そろそろ失礼いたします”と結論をして、ようやく家に帰りたかった。そのために、勉強の計画はただ30分ぐらい実施した。志穂さんの家族が好き。とりわけ志穂さんのお母さん。美味しい料理も作れるし、編み物とかも上手に出来る。前、自分で作ったマスクを私に3つあげて、今日、自分で作った財布を贈った。そんな優しい人が出会える私は、とても幸せと感じる。私は、別にいい人ではなく、他の人に優しさをすることも少ない。しかしそんな私は、たくさんの日本人にそういうふうに招待されて、日本人は本とに優しいと思う。

January 31st, 2010 by admin | No Comments »

何が書ける?

じゃ昨日の買い物の経験を書きましょう。友達から”コートは、全部割引していって、冬はすぐ終わるから”って、ショウリンさんと一緒に池袋のパルコとサインシャインに買い物をした。最初、お金が使わないという思いを持った。そこで、その壁をすぐ潰させて、3300円から880円になったマフラに引き付けられた。一度お金を出しとどんどん出した。結局、上着も、ズボンも買った。持っていたお金が全部使い切るだけではなく、さらに銀行から一万三千を引き出した。そういえば、一週間前に”中国に戻る前に親戚にプレゼントを買う以外お金を使うがいけない”という約束をした(自分に対して)、節約な私はもう一度贅沢な私に負けたんだ。(この言い回し白々しい私と関係なくという感じをする。。)私より、ショウリンさんによって、私と友達をなったために、前と違い人になってしまった。その転変は決していいことではない。例えば、色々な理由を探して欲しいものを買うなど。

今までも納得できないことは”外見より中身はもっと大事なこと”。そう言って、自分と全然相応しくない服を着て、”中身”だけ一生懸命上がりたい。”綺麗な服を着るのは、自己満足だけだ”という見方もよくある。私にとって、他の人と出合って、その人の服を覚える可能性が低いが、その人に与えた印象を必ず頭の中に残っている。自分と似合わない服を着ている人は、”おおざっぱな印象”だけ残れるしかない。それは、中身より外見が重視しているわけではない。要するに、人々は自分の中身と相応しい服を着るべきだ。それは、毎日新しい服を買ってとか、最新の流行を掴むではなく、自分自身と相応しいスタイルを見つけって、自分の素質を上がるためにタンスを満たすということだ。

January 30th, 2010 by admin | No Comments »

有时候我会觉得

今朝試験に、日本語で文章を書いた、そのために、今なかなか書きたくない。

曾经有个人和我说, 她妈妈因为她没办法拿到新西兰的永居民签,在她最失落的时候和她说她是个让父母觉得丢脸的女儿.

我告诉她:你必须明白你的母亲不是完美的人.

这样劝说别人的我,其实也无法接受这个事实.

January 29th, 2010 by admin | No Comments »