Archive for March, 2010
おめでとう
迷わなかった!
来日から初めて、迷わなかった!
(10分ぐらい迷ったが、わたしにとって迷うではないね!)
自分に”おめでとう”と言いたい。
(その理由は、友達と一緒に原宿に行ったことは四回以上もある。)
竹下通りは面倒だった。若者がいっぱいいる。前日”人が多い過ぎって、若者2名が傷つけられた”という新聞があっても、今日は込んでいる。3時30分ぐらい竹下通りに連ねって、それらの若者たちは学校に行かないかと思っていた。
ゲームはダメだ!ゲームを遊ぶより、単語を学んだ方がいい。ゲームで、BOSSを殺すために、何回も迷っていた(ゲームの地図でもよく迷っている)。
わたしは、ゲームをするのは下手です。(これは日本語能力試験4級の文?)
太陽の下の花たち
太陽の下の花たち
外に出して、写真を撮った。やはり日光と植物は似合ってる。わたしは、晴れの日の植物が好き。あでやかな緑、或いはこの頃よく見える桜のピンク、たとえ道の側に生している植物たちとしても、他の植物が比べないほどの様々な美しさが持っている。日光の下の植物たちは、そんな美しくなれるって驚いた!今日外に出した理由の一つは、花の写真を撮ること。もう一つは、自分の気分を転変することだった。晴れの日に、公園で聖書を読みたり祈ったり、前の鬱をすっかりはらした。でも、風が強くて寒い。花見の季節はやって来た。大山の周りに桜の花が次々と咲いた。もしわたしの方向感覚がよければ、もっと遠いところに行きたい。そうしたら、平日に見えない景色を撮れる。
ひどい。。。
掃除会社の人たちは、寮の台所を掃除して、そこに置いたわたしのものを全部捨ててしまった。2500円の鍋も。。どんな情けない人たち。。わたしにとって、2500円はどんな大きい数って分かっている!?これはまるで自然災害だった。。
東京国際アニメフェア写真I
周辺商品もいっぱいもらった、明日他の写真をアップロードする!
今日は英語の日
Somtimes I need to write in English too. I had conversations with two of my old friends to express my negative attitudes, and thank these two friends, i could get out from my extremely sad situation today. I watched the TV program talking about how people cope with depression, the most efficient way is to have a 15 minutes sunbath every morning. The other way is to talk with others.
I never think that someone will make me feel better just by saying “life is beautiful, think about those people who have nothing to eat everyday”.But i do believe that God sends his angels to comfort me whenever I’m upset. And God has comforted me in many ways.
I have receieved some cute photos from phil, and talked with Sheng about his miserable dentistry studying. A spiritually strong christian has to go through difficult times. And I rememebred that 2 years ago, how i go to sleep praying and crying, then wake up happy next morning. i believe that God is my strength and my everything, I’m not able to go through many difficult times, or be able to do many things without his help and support. (Sheng has reminded me about this)
My God is a good God. I will fear nothing when I am with him. When he is near me, I can sleep like a baby all day long.
Thank God to send me these angels.
Below are some cute photos taken by fuse(http://fuselle.blogpress.com)
He should sell some of his photos!
Really talented in capturing the beauty of the Nature.
He’s praying before meal.
東京国際アニメフェア
ローソンで東京国際アニメフェアのチケットを買った。寮から20分ぐらい歩いてようやくローソンに着いた。チケットは八百円だけが、会場に行く電車代は1000円ぐらい。そのためにちょっとためらった。上海に行われた初めての漫画展から、お金と自由もない小学生のわたしにとって、”漫画展に行けばよかった”という願いが持っていた。今から見ると、本当に子供っぽい願い。その時のわたしにとって、上海に行けるのは何よりも楽しい。中学生二年生の夏休みの時、ようやく上海の漫画展に行く機会がもらいました。40度ぐらいの夏の中に、会場の外で2時間ぐらい並んでチケットをもらった。何ヶ月の小遣いは全部会場に使ったかもしれなかった。今思い出せるのはただあの日の暑さと会場に増しの暑さのみ。その後、インタネットに日本の漫画展の記事を見て、わたしの願いは”日本で漫画展を行く”というものになった。そう願うのは、多分7年或いは8年前のことだった。昨日蘭に誘いを受けて、”電車代はいくら”と聞いて、1000円ぐらいという答えをもらった時、行くか行かないか急に分からなくなった。八年前のわたしにとっては、10000円も行こうかもしれない。
若い時の情熱は帰らないね(ー_-)
もじもじ
私は随分”速い”人。短い時間にたくさんをしたい。それに対して、友達のLさんは、随分遅い人。三日前、私の部屋に来るって言って、今日までも現れなかった。今朝彼女に電話して、”昼ご飯を食べた後来る”と言った。今午後三時三十分、まだ見えなかった。多分部屋で寝ている。。。
君に届けは、高校生の物語。完璧し過ぎる風早君がいっても、現実から離れた漫画ではないと思う。爽子という女の子が考えていることは、ずっと昔の私もそんなことを考えたことがあったと気がする。
希望一些基督徒能够看到的
有时候对于真理的争论常常演变为单纯的口头之争。仿佛不是为了神说话,而只是为了证明自己的信仰是正确的。作为基督徒我也目睹过很多人为了信仰问题 和别人争得面红耳赤(包括我自己也惭愧得卷入过很多此类纷争),以至于让很多人认为基督徒是狭隘的,不通人情的。我所说的,并不是我们不应当为真理而争 辩,而是我们应该知道自己是否真的为了神的缘故在争辩。神让我们“爱人如己”,我想我们面对不信主的人最应当证明的,并不是世界上只有一位神,人死后只会 去地狱或者天堂,而是“神是爱”这一件事。我们都知道知识使人狂傲,只有爱能改变人。因为你知道,你曾经对于天堂和地狱的说法多么深恶痛绝,你曾经觉得世 界上只有一个宗教是正确的是多么独断的说法,但当你真正认识到了神的爱,你就能很自然得去接受去确信这一切。如果一个人因为我的言行而一生没有信主,那我 不是犯了大罪了吗?为真理而争辩是正确的,但你所说的是否出于神,希望在争论之前就能好好得想明白。
我希望我们不成为圣经里所描述的法利塞人,把自己的意志加于神的话语之上,并声称那就是神的话语。(就好像那些说启示录里的红龙指的是中国的所谓基督徒们一样)
我 始终羡慕那么一些基督徒,他们或许年纪老迈,没读过书,对于圣经也没有多少理解。她们所知道的或许甚至是错误的。她们却能够给所有人那么深的感慨:为什么 信了主会那么喜乐,那么善良?面对别人的刁难,他们永远都会以笑脸相对。他们永远都会笑着告诉你:神爱我们,神也爱你。她们那么单纯得爱着神,这不正是神 的国所需要的吗?
“
有人抱着自己的婴孩,来见耶稣,要他摸他们,门徒看见就责备那些人。 耶稣却叫他们来,说,让小孩子到我这里来,不要禁止他们,因为在神国的,正是这样的人 我实在告诉你们,凡要承受神国的,若不像小孩子,断不能进去。
”( 路加 18:15-17)
キリスト教徒の中に、こんな現象が起こっている。”この人は間違いことが教えている””この牧師はサタンのことを教えている”と言っている人。私が好きな唐崇栄という牧師は、複数の人に”この人は悪魔から牧師だった、彼の教えを聞かないでください”という評論を聞こえた。これら人たちは、全部キリスト教徒だった。ほとんど牧師はこんな評論をもらったことがあった。キリスト教徒の間にも、”この教派はサタンから教派だ”とか悪口をしている者も少なくない。以上の論争は、正しいこともあり、間違ったこともあった。その問題、神様には、こんな論争は正しいと思いになれますか?私は、ニュージーランドに英語の教会に通ってきた。その教会で、”誰が正しいか、誰が間違っているか”という論争はほぼない。皆も神様を愛している、雰囲気がとてもいい。私は、回りの人を間違っていることを教えないように、自分の口を守りたい。なぜなら、自分の意識によって話すなら、神様のために話していると思ったが、相手の気持ちを傷つけかねない。例えば、他の人に”神様が信じていないなら地獄へ行く”という”正しい”こと。こんなことを話しているあなたは、本当に神様のためにそう話しているか?或いはあなた自身のために?自分の信仰は正しいと証明するために、どんなことも口から出せる。最初神様に論争している私たちは、ついに自分の正しさを証明するために論争し始める。
人の心を変えるのは、私たちではない。
自分の知識によって人の論争するのは、勝つかもしれない。しかし、相手の方はどう思う?キリスト教徒はすごく自己中心しているって、評価されるだけではないか?神様の教えは”人が愛しなさい”ということ。キリスト教徒がこの世の中に最も大きい使命だ。私たちは、周りの人を神様の愛を経験するために生きているではないか?
もちろん、真理のために論争するのは正しいと思う。人を愛しているからそう言っているか、或いは自分の正しさを証明するためにそういっているか、論争の前にんなことを考えしましょう。
元気!
今まで、自分の弱さを現れなくて、ほとんど人の頭にに”強いと朗らか”な印象を残した。それは私の性格の弱さということと思う。他の人に自分の中身を見られたくない故にその”強い”なイメージを作った。昔から知っていた人と話すと、常に”あなたような強い人なら、どんな仕事でもできるよ”と言われる。或いは”さすがあなた、そんな難しいものもできる”という褒め詞をもらう。自分に評価をするとー”頑張っている人”ということ。私は、仕事或いは生活のために頑張っているより、もっといい人になれるように頑張っている。現実を全然考えずことをしている。それは多分”理想主義”というもの?なぜなら、週40時間働くより、バイトをするとともに勉強する方がいいと思う(今までもそう過ごしている)。週40時間働ければ、自分が好きな仕事をもらえない限り、ただ”お金をもらうために生きている”ということだ。しかし、一生も大学で勉強している可能性がないはずだ。最近親から色々な文句をもらい始めた、”いつまで勉強したいの”とか、”お金が稼げば綺麗服を何点も買えるよ”とかいう誘惑もある。(そういえば、最近服を買う趣味が失った、お金がなくなっているために?服を買うのは元々私の興味ではないはずだ。。せいぜい一時的な興味だけ)
主題に帰ろう!
最近アルバイトを探している。”皿を洗う”ような仕事は絶対ダメ、”好きなことをしりたい”と様々な条件を加え、できる仕事は少ないというものを気づいた。すると、ニュージーランドにいる時の経験を思い出した。大学からアルバイトのチャンスをもらうために常に学校のアルバイト壁に訪ねていく。何度も壁を突き当たって、ようやくデザインの仕事を見つけた(今も時々その会社に働いている)。その経験をもらう後、他のアルバイトを探す難しさはよほど減っていた。学生会の仕事を応募した時、時給が高いために、何人の競争相手もいた。面接の日、何も準備しなくて面接室に行った。ウェブサイトを制作する経験が多いために、簡単にその仕事を手に入れた。そのあと、大学の地理学部のウェブサイトや、友達の友達のウェブサイトを作った。
どうしてこんなことを思い出したの?今の感覚は、大学一年生時の気持ちと一緒だ。日本には、仕事を紹介してくれる友達がいない、日本の企業について何も知らない、外国人として日本人に信任されない。そう思い込んだ私は常にうっとうしくなる。私は他の人が思っている”どこに行っても大丈夫”な人ではない、私はしていたのは、ただ”やり遂げるまで、倒すしても起きらなければならない”というものだ。
今朝、神様を思って、あることを気づいた。それは、去年12月の時、どこからも分からず銀行の残高に8万円も増えた。あの時、奨学金をもらったと思って、実は奨学金ではない出所もない金だ。そうだ!神様が許したら、私に仕事を与える。仕事をなくしても、神様によって生きていける。
「所以我告诉你们,不要为生命忧虑吃什么,喝什么;为身体忧虑穿什么。生命不胜于饮食吗?身体不胜于衣裳吗?你们看那天上的飞鸟,也不种,也不收,也不积蓄在仓里,你们的天父尚且养活他。你们不比飞鸟贵重得多吗?
你们那一个能用思虑使寿数多加一刻呢(或作:使身量多加一肘呢)?何必为衣裳忧虑呢?你们这小信的人哪!野地里的草今天还在,明天就丢在炉里,神还给他这样的妆饰,何况你们呢!所以,不要忧虑说:吃什麼?喝什麼?穿什麼?这都是外邦人所求的,你们需用的这一切东西,你们的天父是知道的。你们要先求他的国和他的义,这些东西都要加给你们了。
所以,不要为明天忧虑,因为明天自有明天的忧虑;一天的难处一天当就够了。」 马太福音6:25-34
音楽が連れてきた感動
Smetana, Die Moldau
音楽より美術の方がいいと思う。子供の頃から美術が好きが、母にピアノを弾かせた日々を過ごした私は、音楽対してそんな大きな興味を持っていなかった。これは、音楽自身の問題ではなく、母の問題だった。でも音楽は素晴らしい。音楽を演奏できるのは素晴らしい。小さい頃ピアノは私の敵だった。しかし今は私の友達だ。
外国に行った後、ピアノを専攻したい友達がいるから、急にピアノについて大変興味を持っていた。私は簡単に他の人に変えられる ー_-漫画家になりたいとともに、ピアノ演奏家になりたかった。ある時期、ピアノ演奏家になる希望は漫画家になる希望よりもっと強くなってしまった。(漫画家になるのは、7歳からの夢だったのに。。)
もちろん、それは一時的なことだけだ。今、ただ普通の音楽愛好者になり、好きな音楽を集めている人。この頃、コンチェルトとシンフォニーが大変興味深い、音楽のコレクトは全部この二種類の音楽になった。いい音楽を聴くと、音楽の魂があるように、心の奥を触られるというものを感じる。(ずっと昔の経験だった、ショパンのバラードを聞いて泣いた。)Rachmaninoffのピアノコンチェルトを聴いて、何度も狂気になちゃうって友たちに言った。大推薦!
今日の音楽は、DieMoldauの<Smetana>という曲。
転変が必要
このまま人生を過ごすのはダメと決めた。(それは、毎日テレビとインタネットを溢れる生活)
この頃複数のことを習いたい(just as i always do)。これから第3言語を学べるなら、スペイン語、或いはフランス語は第一希望だ。実はとてもいい記憶力を持っているではない、言語に対してそんな大きな興味がない、でも出来れば他の国に行きたい ー どこでも英語を使えばなんかつまらない、さらに、スペイン語の発音がいいと思う。そういえば、スペイン語の話す速度が、世界一と言われている。。スペイン語は、文法と単語的に英語とすごく似ているが、話すと聞くのがすごく難しいと考えられる。
”あなたはいったい何がしたい、どんな人になりたい”と聞かれれば、”いつも勉強している人になりたい”と答える。私にとって根性と諦めない精神は何よりも大事なこと。他の人の意見をちゃんと聞く人になりたい。なぜなら、私は母からもらった性格特徴の一つは、自分の誤りを指摘する人と仲良くならない、他の人の意見を聞きたくない。それは”自慢し過ぎる”という、現実から逃げる行動だけだ。一方、今まで出会った成功している人間は、必ず他の人の意見をちゃんと聞く人。







